方向性の違い

「ごっちーん!!!」と叫んだところでどれぐらい届くか分かりませんが、ごっちんがハローという枠の中に居てくれたからこそ楽しめたことも山ほどあって、今までどうもありがとうっていう気持ちがまず最初。次はと言えば、単純にがんばれーであるわけで。
メロンライブの感想もまだ書けていないけれど、そのときからずっと感じていたこととちょっと繋がるのでまとめて書いてしまいます。完全に持論なので、気に障る方がいらしたらごめんなさい。そして生意気な書き方してると思います。そこもごめんなさい。
ライブなりコンサートなりという生ものは、演者のパフォーマンスに対して観客がレスポンスを返して、そこでやっと完成するものだと私は思っています。パフォーマンスだけで完成しているのなら、それはDVDのようなパッケージと何ら変わらないと思うのです。確かに観客が入る隙の無い、計算しつくされたものを生で見ることもあるけれど、生である限り確実に観客もそこに居るわけで、観客の視線や表情すべてがレスポンスであり、それ全部で完成するんだと思うのです。逆を返せば、完成するには観客が必要。演者が望んだ形で完成させるには、観客からの良い形でのレスポンスが必要なんだと私は思っています。だからこそ、自分がライブに行った時は自分が楽しみつつ、出来るだけ演者の求める形でライブを見ていたいのです。踊れといわれたら髪振り乱してバカみたいに踊るし、歌えといわれたら力の限り歌うし。それがその場に参加している私の揺るがない絶対のポリシー。乙女のポリシー
メロンのライブの感想は、一言「楽しかった」しか出ないぐらい楽しかったのです。あれだけ踊って騒いできゃっきゃ言えるハローのライブってなかなか無いなぁと。それは何故かなと考えたときに、メロンが求めるものと、観客が求めるものが完全に一致してるからじゃないかなと。観客は「メロンのライブ」というものの楽しみ方をちゃんと知っていて、メロンの四人も観客に「こうして欲しい」と明確に伝えているんですよね。だから私のようなライブ初参戦の新参でもがっつり楽しめるという。メロンはハローの中でも異質と言われることもあるけれど、むしろあれほど分かりやすく楽しませてくれるという意味では、よっぽどアイドルらしいんじゃないかなぁ。
ハローっていう枠だから、楽しみ方がヲタ芸だったり、タイガーだったり、オドリストだけかと言えば違うと思います。ハロー枠の中にも色んなユニットが居るけれど、ユニットの分だけユニットが求めるものがあると思うのです。そういう意味では、ごっちんの求めるものと観客の求めるものが違ってずれてきてしまって、それがまさに「方向性の違い」なんだと、ふと、そして改めて感じました。「このタイミングで脱退か!」と最初はショックでしたが、コメントを信じる限り、ごっちんはハローやヲタを嫌いになって辞めるわけじゃないと分かって安心しました。むしろ「好きだよ」ってはっきり言ってくれてるという…ううう。どうか、ごっちんにとって、そしてヲタにとって幸福な環境が、これから築かれていきますように…。ごっちんがんばれー。